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名古屋高等裁判所 昭和37年(ネ)186号 判決 1965年11月05日

控訴人 柴崎拡 外一名

被控訴人 国

訴訟代理人 林倫正 外三名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人らの予備的請求を棄却する。

控訴提起以後に生じた訴訟費用は控訴人らの負担とする。

事  実 <省略>

理由

第一、控訴人ら従来の請求について。

第一審原告柴崎忠が昭和三五年六月一五日死亡し、控訴人柴崎拡が相続したことについては被控訴人の明らかに争わないところである。されば控訴人拡は亡忠の権利義務を承継したものというべきである。

当裁判所は、当審における証拠調の結果を参酌して更に審究した結果、控訴人らの本訴請求は失当として棄却すべきものと判断する。その理由は次に補足するほかは原判決に説示するところと同様であるからこれを引用する。(但し、原判決一四枚目裏八行目「(1) 昭和二九年八月二五日夕刻」とあるを「(1) 昭和二八年八月二五日夕刻」と訂正する。)

当審証人金沢国春、同下村孝之、同藤井鉦一、同外狩熊太郎の各証言、および当審における控訴本人渡辺、同柴崎各尋問の結果によつては右心証を覆すことができない。

当裁判所が補足する点は次のとおりである。

一、提防決潰による緊急状態は澪止完成までであるとの主張について。前認定の事実(引用の原判決)によれば、澪止工事は築提工事施行の一段階として応急的に新田内部に海水が流入することを防ぐために行われた仮工事に過ぎず、再度も台風が来襲した場合には津波、高潮などによりひとたまりもなく損壊せられる虞れがあり、普通程度の風波によつても破壊される危険状態にあつたこと、築造段階における提防は風波に対して極めて弱体があつたことが明らかであるから、本提防完成までは緊急事態が継続していたものと解するのが妥当である。

二、当審証人羽柴昭三の証言により成立を認める乙第一一号証乃至第一四号証、当審証人羽柴昭三、同榊原源重、同寺沢清人、同越賀正隆の各証言、当審鑑定船越春雄、同越賀正隆の鑑定の結果を参酌すれば、原判決が説示しているごとく、本件土砂吹上工事において旧提防天端前端に板棚を設け、これに筵張りをしてこれより提裏にかけて吹き溜める工法をとつたことは社会通念上当時の情況下ではやむえなかつたことであり、控訴人ら主張のごときヘドロ流水防止方策をとることは極めて至難なことであつたと解することができる。

三、残土除去についての被控訴人の措置について違法の点はない。原判決に説示するごとく控訴人柴崎の養魚池内の土砂は主要工事完成後遅滞なく取除いたのであり、控訴人渡辺の養魚池内の土砂については、同人より他に利用したいから取除かないでほしい旨の申出があつたため放置したものである。右のごとき明示の意思に反してまで残土を除去すべき義務のないことは明らかである。

第二、当審における予備的請求(土地収用法による補償の途を失つたことによる損害賠償請求)について次のように判断する。

一、前認定のとおり本提防完成まで緊急状態が継続していたのであるから、手続が複雑にしてかつ長期間を要する土地収用法による収用手続がとられなかつたことは、まことにやむを得なかつたことであり、それについて被控訴人の責任を云々することはできない。

二、被控訴人が本件提防復旧工事にあたつて、控訴人らの本件養魚池に対して土地収用法第一二二条の手続がとられなかつたことについては当事者間に争なく本件土砂吹上工事に伴い控訴人ら所有の本件池沼が事実上使用されたことは原判決に説示するとおりである。そうとすれば被控訴人が右法条の手続をとらなかつたことに少くとも過失あるものといえる。もつとも被控訴人は、同法第一二二条による使用には六ケ月という使用期間についての制限があり、右期間は更新を許されないのであるから、本件の場合六ケ月の期間内に復旧工事をなすことが不可能であつたから右手続をとる必要がなかつた旨主張するのであるが、右法条の趣旨は非常災害の際公共の安全を保持するため土地収用法第三条各号の一に規定する事業を特に緊急に施行する必要がある場合においても他人の土地使用の範囲を最少限にとどめようとするものであると解することができるが、右六ケ月の期間が絶対に更新を許されないと解すべき根拠は薄弱であるし、特に右期間内に出来そうもないから右手続をとらなかつたというのは詭弁に過ぎないことは控訴人らの指摘をまつまでもないであろう。以上のように被控訴人は本件養魚池に対してまさに土地収用法第一二二条の手続をとるべかりしものであつたのである。

三、しかしながら、右手続をとらなかつたことにより控訴人らが当然受けるべき補償の途を失つたとすることは稍々性急に過ぎよう。本件のように本来土地収用法第一二二条の手続がとられるべきであるのに、右手続をとらず事実上他人の土地を使用する場合には、一応その使用は違法であるといわなければならないが、引用する原判決認定の諸条件は客観的にみて右法条の要件を充足するものであるから起業者たる被控訴人は控訴人ら所有の本件池沼の使用権を取得したものと解するを相当とする。右のように解するならば、右の公用使用に基き損失を受けた控訴人らは土地収用法第一二四条により損失の補償を求めることができるのは当然である。右損失の補償については第一段に起業者と損失を受けた者とが協議をして定めなければならないのであるが、右協議が成立しないときは起業者又は損失を受けた者は、収用委員会の裁決を申請することができる(土地収用法第九四条第一、二項)。右協議が成立しないときのうちには、起業者に対し補償の請求をしたが起業者がこれに応じなかつた場合も含まれると解する。なお収用委員会の裁決に対して不服があるものは、裁決書の正本の送達を受けた日から六〇日以内に損失のあつた土地の所在地の裁判所に対して訴を提起することができるのである(同条第九項)。反面右のごとき協議、裁決を経ずに補償の請求の訴を提起することは許されないところと解すべきである。なお付け加えれば、被控訴人が昭和三一年三月控訴人らに補償額を提示して協議を求めたが控訴人らが受け入れず協議が成立しなかつたことは原判決に説示するところで明らかであるが、右補償額の提示が土地収用法第一二四条によるものでないことは被控訴人の自認するところであるから、右の事実は右法条に基く補償の請求を喪わせる事由とはならない。ともかく、以上説示のように控訴人らには土地収用法第一二四条による補償を請求する途が残されているのであるから、これを喪つたことを前提とする控訴人らの損害賠償の請求はその余の点を判断するまでもなく理由がなく失当である。

第三、よつて、第一に説示するところと同趣旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから棄却すべく、当審における予備的請求は失当であるから棄却すべく、訴訟費用について民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 坂木収二 渡辺門偉男 小沢博)

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